思うこと、想うこと。

アラサーOLが好き勝手つぶやく場所です

「我慢の差は人生の差になる」

kindleの読み放題で読み漁っていて、
【わずか3分で読める人生を変える50の言葉】
という本を読んでみました。
本当に3分で読める本です。



そのなかで1番、目に止まったのが
「我慢の差が人生の差になる」でした。
以前テレビでIKKOさんが
「顔が曲がっているのは悔しい顔をたくさんしてきた証」というようなことをおっしゃっていたのを思い出しました。
(一字一句あってはないと思いますが)


私はたくさんいじめられてきたし、
家庭は決して円満じゃなかったし、
ひどい恋愛もたくさんして、
仕事も悔しい思いをたくさんしてきました。

たしかに顔はゆがんでいます。
それがコンプレックスでもあります。


でも、いまは
私をいじめてきた子より稼いでいて
人と仕事に恵まれて充実している
と胸を張って言えます。

私をいじめてきた子たちは、最近の私に会うと
「こよりは稼いでいていつも良いところや食べ物たべて贅沢してるよね」と言ってきます。
昔はそんな私の存在すら許せていなかったくせに(^^)

見下してた人間がいつのまにか羨ましい人間になっている。
どんな気分なんだろう。
というか、そういう人はそもそも自分の[人に対する上下意識]に自覚がないのだと思う。
だから抜かれていくんです。

思えば私はいつも、環境の変化でそういう方々と離れる際は
「次会うときは見返してやる」
と決意してきました。
恋愛でもそうです。
「この人とつぎにすれ違うときは、この人と一緒にいたときより幸せな顔をしてすれ違ってやる」
と思って割り切ってます。

そういう悔しさが我慢とか努力とか、自分を良い人間にしていく原動力になっているんだと思います。


我慢って経験だと思います。
経験の差が人生に幅を持たせてくれる。
経験はページ数。
ページ数が増えれば増えるほど、超大作の人生になるんだと思う。

だから「なんで私だけこんな目に」と思うよりは、「こんな目にあえる私はまだ成長できるのね」と思うほうがいい。

いまは「なんで私だけこんな目に」と思わせてくれた方々には感謝しています。
どんなに嫌な人間だって、私の人生にはかけがえのない人だったのです。

「我慢の差が人生の差になる」は、
そんなことを思わせてくれた言葉でした。